外崎博之さん・千絵さん 初代麺屋とのさき
もっとすごいラーメンも作りたいなって思います。時間をかけて。
ラーメンの味、そして店のサービスも秋田でトップクラスの初代麺屋とのさき。2015年に開店し、今では開店と同時に満席になる人気店。その店を切り盛りしているのが、店主の博之さんと奥様の千絵さん。地元秋田を愛する二人は、中高の同級生。その二人が作り上げたラーメンの人気の裏側には、二人のこだわりと努力が隠されている。お客様に知ってほしいことはそんな裏側ではなく、ラーメンの味だけだという博之さんは、今までインタビューの企画を断り続けてきたが、今回初めてインタビューのオファーに答えてくださった。どのような経緯で人気店、初代麺屋とのさきが誕生し、どのように変化してきたのか。今まで語られなかったそのストーリーが、今回明らかになる。
記事執筆者:浜田英紀
インタビュー日:2020年10月
和食からラーメンへ
―どのような経緯でラーメン屋を始められたんですか。
博之:おやじが板前だったので、最初から板前になろうと思っていました。高校を卒業してから、市内のホテルに入って、それから、秋田市の数店舗で、和食やったり、焼き鳥屋やったり、焼肉やったり、他にも色々やりました。
その後、かみさんの両親と一緒に居酒屋を10年くらいやりました。その時は、リーマンショックや震災があって、ちょっと経営が厳しくなってしまって。それで1回閉めました。その時に、もう俺も力を出し切ったな、もう飲食はいいかなと思ったんです。
でも、ラーメン屋をしないかっていう話をもらって、やってみようかなって思うようになって。
それから、朝から晩まで研究するようになりました。どうにかして流行らせたいと思って。
ラーメンを食べない人がラーメン店主に
―そんなに簡単にラーメン屋ってできるものなんですか。
博之:いや、全然やったことないですし、俺はあまりラーメン食べたいって思うことがなくて。ラーメン屋をやると決めてから食べるようになりました。
そして、ここを始めたんですけど、すぐ流行るような甘いものじゃないじゃないですか。最初はほんとにわからなくて、葛藤でした。
和食って素材のうまみを出すんですけど、ラーメンにしちゃうとインパクトが弱いんです。和食は、ガラスープをとる時に、下処理するんです。でも、下処理しちゃうと、鶏の雑味、その雑味もうまいんですけど、それがなくなるんです。その雑味をいかに出さないかっていうのが和食なんです。逆に、その雑味を出しながらインパクトを与えるのがラーメンなんですよ。
―難しいんですね。
博之:はい。ただ、料理の基本はできていたので、完全にゼロからではなかったです。でも、今俺がやってるラーメンは、他の店だと「えっ?」って思うような作り方をしてるのかもしれないです。ラーメン屋では修行してないんで、それはちょっとわからないですけど。
過去の経験を今に活かす
―奥様も最初からここのお手伝いをされていたんですか。
千絵:いえ、オープンしてから2年後です。ここに来て3年目なんですけど、その前は子育てがちょっと落ち着いてから、フランチャイズの飲食のお店にパートで出ていました。そこで社員になって、ホール接客の指導やお店作りなど、色々させていただきました。その経験から学んだことを今、活かしています。
―ここでは、どんなお仕事を担当されているんですか。
千絵:開店している時は接客ですけど、他にもパソコンでポップやメニューを作ったりします。少しでもお客さんに美味しく食べる方法を知ってもらいたいので、ラーメンの食べ方も作って、壁に貼ってます。外にある日替わりメニューのボードも、昔はペンで書いてたんですけど、ラミネートにして毎日貼りかえるシステムに変えました。昔、社員としてやってたことを今のお店に取り入れてます。
博之:そういうことは全部おまかせです。
千絵:子どもに手がかからなくなってきたので、仕込みで手伝えることをちょっと手伝ったりします。
博之:あと、家のことは全部任せてます。
千絵:前の仕事の時は、子育てのことも何でも手伝ってくれて、私の自慢の旦那さんだったんです。今は仕事が大変すぎるので、家のことは何にもしなくていいって言ってます。
ラーメン作りとは
―ご主人の役割は?
博之:基本は、ラーメン作って、経営も全部俺がやってます。事務とかも全部。
―ラーメンを作るって、どんな仕事なんですか。
博之:毎朝3時半ぐらいに起きて、お店に4時ぐらいに来ます。お店に来たら、まず材料の準備をします。ガラや豚を掃除して、スープに入れて、それを火にかけながら、他の味玉やたれ、メンマを仕込みます。そうすると、かみさんが来て、野菜とか全部切ってくれます。それが終わったら、かみさんがホールを掃除して、という流れですね。
―その日のラーメンは、その日の朝に準備をするんですか。
博之:そうですね。夜は、凍ってるガラを全部出したり、乾物の調合をしたりします。うちはその日の朝仕込んだやつはその日で処分するんで、毎日新しいものを準備してます。
スープへのこだわり
―処分って、捨てるんですか。
千絵:もったいないですよね。
博之:自分の作ってるスープって品質が落ちちゃうんですよ。何回か継ぎ足してやったこともあるんですけど、何回やってもやっぱりダメでした。自分の求めるものではないので、こんなので「もったいない」って言って味が落ちるんであれば潔く捨てようと思って。売り切れる時ももちろんありますし、余る時もあります。1日に数を決めて、その数を仕込んでます。
毎日食べられるラーメンを
―とのさきさんは、日替わりラーメンがあるのも嬉しいです。
博之:最初はメニューが少なくて、それで日替わり限定でちょっとずつ増やしていったんです。最初は毎日違うものを出していたわけじゃなかったんです。そのうちに、毎日2種類変えるっていうスタイルにたどり着きました。
ラーメンってすごい食べ物だって思うんです。毎日でも食べれますし、美味しいと思えば遠出してでも食べたいし、並んででも食べたいって思えますよね。今まで色んな飲食店をやってきたけど、これほどすごい食べ物はないです。
でも、毎日食べれるラーメンって何だって思ったんです。いくらなんでも、同じラーメンを毎日は食べられないじゃないですか。だったら、毎日毎日変えていけば、毎日食べれる、毎日感動があるって思って。それで、毎日2種類変えるスタイルにしました。
お客様とのコミュニケーション
―よくラーメン屋にある券売機がないのには、何か理由があるんですか。
博之:券売機って、券を買う時に何を食べようか悩むじゃないですか。その時に、お客さんの流れがつまってしまうんです。それに、コミュニケーションがなくなるし。
千絵:私はラーメンのことを聞かれた時に、それについて答えながらしゃべるのも楽しいです。お客様の顔を見たり、ポイントカードのことを説明したり。そういうことを考えると、今は券売機はなくてもいいかなって思います。本当は、券売機を使ったほうが、店にアルバイトがいなくて二人で営業している時は楽ちんだろうと思うんですけど。
博之:そうなんですよ。もうずっと導入を考えて、でもなあって悩んで、その繰り返し(笑)。
千絵:券売機を入れない分大変なことが増えてるんですけど、お客様にも話をして楽しかったって言ってもらうこともあるので。お客様とコミュニケーションをとれて、かつ、お客さんも困らないような形で券売機が導入できるのであれば、検討したいんですけどね。
仕事は楽しい?
―お話を聞いていると、とても楽しそうにお仕事をされているように思えるんですが。
博之:俺は、好きですけど、つらいです(笑)。睡眠時間、3〜4時間なんで。
―寝られるような働き方にはできないんですか。
博之:それができない。
千絵:機械にチャーシュー切るのを任せるとか、そういうこともできない。自分で全てをちゃんと手間かけないといけないんですよ。私がネギを切った分、時間に余裕ができても、チャーシューをもう少し美味しくするためにこれやろうってなっちゃうから、仕事が減らないんですよね。
私は、今の仕事は楽しいです。主人が苦労して作ったラーメンを持って行った時に、お客さんが「わぁーすごい!きれい!美味しそう!」って笑ってくれるのを目の前で聞くことができるし、「美味しいって言ってるよ」って主人に後ろのキッチンで伝えるのも楽しい。接客はほんとに好きですね。
経験することが大切
―すごく向いてるお仕事なんですね。
千絵:どんなことも経験したほうが絶対いいと思います。今はこんなに楽しいって思いながら仕事ができてるんですけど、18、19の若い時は接客や営業は絶対にやりたくないって思ってたので。
自営業の良さとは?
―自営業についてどう思われてますか。
博之:楽しいです。自分の思いが強ければ、それを突き詰めてやれますから。それがあまり強すぎても良くないのかなとは思いますけど(笑)。突き詰めているから、今、支持してくださるお客さんがいて、それが直接自分に伝わる。自分が一生懸命やった分、みんな美味しいって言ってくれます。改良したことやブラッシュアップしたこともほめてくれます。だから、やりがいはありますし、嬉しさもあります。
もちろん、逆に厳しい言葉をいただくこともあります。それは甘んじて受け入れて、改良します。毎日美味しくしたいなって思ってます。それしかないです、毎日。
休み、そして仕事
―仕事とプライベートのバランスに関して、何かお考えのことがありますか。
博之:自分はないです。仕事のために休むっていう感じです。休日は、店の事務とか両替をやってます。そして、仕入れ、仕込みです。あとは休んで、外食したり。
千絵:他のお店を見に行って、そこのお店の色んなことを知るのも、勉強になります。私はそれはただの楽しみとしてやってます。
博之:他の店を見ると、気づくことがあるんです。他の店と同じものを作るのではなくて、「あ、俺だったらこうするな」って思って、創作につながります。新しいことするのにそういう気づきって大切で。
サービスについても、「あ、こういうの置いてんだ」とか。悪いところを探そうとは思わないです。その店の欠点じゃなくて、「これいいことだな」、「これをやりたいな」と思ったら、そのアイデアを取り入れたりします。
―ご主人は、休むために休みたいとは思いませんか。
博之:あります。常にあります。みんなに「休めばいいじゃん」って言われますけど、今のやり方を変えれないんですよね。
子どもたちから手が離れて、夫婦二人になったら、余暇に色々やりたいことが出てくるのかもしれません。今はとにかく、子どもたちが卒業するまでは、まずがんばろうと思ってます。子どもが大学院まで行けば、あと3年ですね。
千絵:私は旅行に行きたいって言ってるんですけど。
博之:旅行は行きたいなって、いつも思うもんね。
千絵:ぜひお願いします♪
宝くじが当たっても、ラーメンはやめない
―今はお忙しいですが、10年後は、リラックスした生活かもしれないですね。
博之:何やってたとしても、ラーメンはやめたいと思わないですね。例えば、営業時間を短くしてたとしても、ラーメン店はやりたいなって思います。
千絵:宝くじが当たってお金持ちになったらどうするって聞いても、ラーメン屋はやるって言うんですよね。だから、大変なことが今すごく多いけど、ラーメンを作ることは好きだと思うんですよ。
博之:好き、好き。好きだし、もっとすごいラーメンも作りたいなって思います。時間をかけて。
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