富田恵さん・あゆみさん ペンションアトレーユ
「やっぱり、待ってるだけじゃなくて何か新しいことをやっていかないと。」
終身雇用の時代から変化し、現代社会では自らビジネスを始める人が増えているように思われる。新しくビジネスを始める時、多くの人はまず「どんなことをするか」を考えるかもしれない。しかし、なかには自分の「理想」を実現するための手段としてビジネスを始める人もいるのだ。このインタビューでは、「心の疲れた子どもたちが社会とふれあえる場所を作りたい」という理想を持ち、その方法の1つとして北海道でペンションの経営を始められた富田恵さんとあゆみさんに話を伺った。ビジネスについてだけではなく、なぜ今のお仕事をすることになったのか、その背景にある経験や想いは何なのか。また、新型コロナウイルスによる影響や、ペンションを営むことの難しさ・やりがい、これからのペンションアトレーユが目指していく姿をお聞きするなかで、お二人の働き方に迫った。
記事執筆者:ケニー・ファム、張・ドウ、衣織
インタビュー日:2022年1月
アトレーユについて
ー「アトレーユ」の名前の由来は何ですか?
あゆみ:「ネバーエンディングストーリー」という映画がありますよね。その主人公の男の子の名前です。
アトレーユっていう男の子が夢を食いつぶす虚無と戦うという設定だったんです。素敵じゃないですか?それと、アトレーユっていう響きが気に入って言葉の意味を調べたんですけど特にまったく意味はなくて。本当に人の名前だけだったところがまたいいなと思って。
ーアトレーユを作りたいと思ったきっかけは何でしたか?
恵:養護施設で指導員をやってたんです。養護施設はちょっと心の疲れた子や、精神的に安定してない子どもが多くて。そういう子どもたちを自然の豊かなところでケアすることができないかなという思いが強くなってきたんですね。それで、子どもたちの施設というか、「一緒に生活する場みたいなものをどこかで作りたい」という気持ちがうまれたんですよね。
ーどうして北海道を選んだのですか?
恵:まず私はスキーが好きなんですよ。雪がないところで生活するということはちょっと考えられなかったんで(笑)養護施設を退職して、どこにしようかなって北の方をめがけていろいろと探してたんです。
今いるのは屈斜路というとこなんですけれども、東京にいた頃の知り合いがここで農業をやっていまして。私の家がその屈斜路にあるから、もしもあなたが北海道に行くならばその家を使っていいよって言ってくれたんですよね。
だから北海道をよく知ってるわけでもなく親戚がいるわけでもなく、たまたまそういう風に導かれてここに来たっていうか。自分がこうでないとダメっていうような意識も全然なかったんです。
ーなぜペンションを始めることになったのですか?
恵:まず最初はレストランから始めたんです。でもね、この北海道の、しかも道東の田舎で生きていくだけの収入を得るっていうのは、なかなか厳しかったんですよね。レストランを始めたときには一人子どももいましたし、家族を養っていくためにはもう少し収入が欲しいということで。だから正直なところ生きていくためっていうようなところがあったかもしれません。
ビジネスについて
ー日本で、自分でビジネスを始めることは一般的だと思いますか?
恵:やっぱり、大学を出てできるだけいいところに就職をするっていうことがまだ一般的なんじゃないですかね。でも、昔に比べれば自分で始める人が増えてきたと思います。
ーお仕事を辞めたとき周りの人、家族や職場の人の反応はどうでしたか?
恵:自分で仕事を始めるなんていうのはやめなさい、あなたはバカか、みたいに言われたことはあります(笑)30年前ってまだ自分で起業するって珍しかったから。経済的なことだとか、ある程度いろんなことが分かっちゃうと自分で逆にできなくなるのかも。その当時は32歳くらいでしたから、本当に何にも知らない。だからこそできたんでしょうかねぇ、勢いだけで。
ー自分でビジネスを始めることの魅力は何でしたか?
恵:誰かに使われるわけではなく、自分が思ったようにできることですね。失敗するのも成功するのも自分で、自分で責任を持てばいいわけですからね。だから、こういうことをやりたいな、こうしたらお客さん喜ぶんじゃないかなと考えたことが実現して、本当にその通りになったときの喜びっていうのは、他には代えがたいものなんです。
ーコロナウイルスの状況から学んだことや、新しく始めたことは何でしょうか?
あゆみ:積極的に前へ一歩踏み出していく努力っていうのがやっぱり必要なのかなって。それを怠れば、本当にお客さんが来なくなると思います。
宿泊客の6割7割の人は本州もしくは海外の方で、遠くの人なんですよね。それなのに、県外に出る旅行はやめましょう、近場で動きましょうっていう流れがコロナになって起きたことで従来のお客さんが来れなくなって、状況が厳しくなりました。
でも昨年5月に息子が帰ってきて、彼が主導で昼間にカフェをやり始めたら、1時間とか2時間で来られるような近所の人たちが来てくれるようになって。「えっ、ここ泊まれるんだ、こんなペンションがあるんだ」というのを認知してくれて、お友達とか親戚が遠くから来たときにうちに泊まってくれるようになったんです。地元の人がどんどん来て「へえ、こういうとこなんだ」って「おいしいね」とか、「また来ようね」とかSNSでも広がって。
カフェの売り上げっていうのはやっぱり微々たるもので、そんなに売り上げに乗っかったわけではないです。でも、カフェを始めて知らないうちに宣伝効果が起きたことは、すごいプラスでしたね。
ービジネスを始めたい人々へ、一番役に立つアドバイスは何だと思われますか?
あゆみ:やっぱりね、人と人とのつながりは一番重要かな。ビジネスっていうとマーケティングとか数字を追いかけるようなイメージだけど、やっぱりその向こうには人がいて。その人の存在をいつも意識してないとうまくいかないんじゃないかなって思います。
今回コロナの影響ですごく大変だったけど、今まで来てくれていたお客さんたちが「大丈夫?」ってメールをくれたり、泊まりに行く代わりにうちのお土産用のチーズを通販で買ってくれたり。その応援してるよ、っていう気持ちにどれだけ励まされたことか。相手は人だから、最後を助けてくれるのが人なんだなっていうのをすごく感じたので、そこはいつも思ってた方がいいですね。
アトレーユへの想いと、これから
ービジネスで成功することよりも、養護施設で働いていらっしゃった頃の経験をふまえた「子どもたちと一緒に過ごす場所を作りたい」という想いの方が強かったのですか?
恵:本当にスタートは、心が疲れてるなっていうような子どもたちがいろんな人と接することができて、かつ商売になるから飲食店をやるっていう発想だったんですよね。料理が得意で誰かに食べてもらいたいからレストランをやりましたとかではないんですよ。ペンションっていう発想もそういう人たちが泊まれるようにっていうイメージもあったんですよね。だけど、現実的にはそれだけではなかなか生きていけない。だからまずは仕事として成功していこうかという思いで一生懸命仕事に集中して頑張るようになりました。
実は、私が北海道に行こうとしたときに精神病院に入っていた教え子がいたんですよ。その子はお父さんもお母さんももうどこにいるかわからなくて保護者がいなかったんです。だから「私も連れてってくれ」と言うんです。いや困っちゃったなと、正直言って。でも一生この病院の中にいるくらいだったら、と思って一緒に北海道に行ったんですよ。北海道でログハウスを作る手伝いをしてもらったりしてたんですけれども、やっぱり体調が悪くなってしまってこっちで精神病院に入ったりしてしまいました。
この経験から、人や想いを抱えていくってことは本当に責任のあることなんだなと思ったんですよね。そこで自分のやろうとしていることに甘さを感じたわけ。自分が持っている知識や経験だけで人の命を抱えていくのはちょっと難しいのかなっていうふうに思って。それからレストランの仕事と宿泊業を、生きていくために必死になってやらないといけないなっていうふうにちょっとシフトしたっていうか。それで経営の勉強もしながら頑張ってきたという感じですね。それでもまぁ、もう北海道に来ているし(笑)いつかは子どもたちと一緒に過ごせる場を作りたいなと思います。
ー今のお仕事でどんなときにやりがいを感じますか。
恵とあゆみ:うーん、お客さんが喜んでくれた時や「また来ます」って言ってくれた時だね。「10年前に泊まったんですけどまた来ました」とか。例えば、結婚する前に来た人が結婚して奥さん連れてきて、今度は子どもができましたって言って子どもと3人で来て、おじいちゃんおばあちゃんと3世代で来たとかそういうのはね、長いことやってるとほんとにあるんですよ。
ーこれからアトレーユをどんな場所にして行きたいですか。
恵とあゆみ:うーんと、ポストコロナの時代になると旅行のあり方が変わるかもしれないじゃないですか。だからまずはその時代についていって、自分たちの宿が選ばれる宿にならないといけないですね。
息子が、田舎であったとしても、若い人が遊びに来るだけじゃなくて、若い人の居場所になれたり若い人も田舎で自己実現ができるような場所にしたい、みたいなことを言ってたんです。せっかくのアトレーユを残していくためにも、息子がそういう場所にしたいと思っていて、またそれを若者たちが求めているのであれば、それに合わせて変わっていってもいいのかなって。漠然とした思いですけど、息子の意見を聞きながらちょっと模索していきたいなとは思っています。
まずは本当にこのコロナに負けないで継続させることですよね、本当に。そのためにはやっぱり、待ってるだけじゃなくて何か新しいことをやっていかないとだし。できることはいろいろやっていこうかなって思っています。
まとめ
新しくビジネスを始め、運営していくという決断は、間違いなく難しいものだと思います。 しかし、恵さんやあゆみさんがおっしゃっていたように、それはやりがいのある道でもあります。 富田さんは、「心が疲れてしまった子どもたちが、豊かな自然のなかで社会とふれあえる場所を作りたい」と思って今のお仕事を始められました。 つまり、アトレーユを始めた大きなきっかけは、ビジネスを成功させることではなく、社会をより良くすることでした。恵さんとあゆみさんのこれからの目標は、まず現在のコロナウイルスの状況に負けず、アトレーユを継続していくこと。そして、次の世代にアトレーユを残していくこと。そのためには、どんなアトレーユへと変化していくのか、若い世代にどうアピールしていくかなど、多くのことを考える必要があります。お二人のビジネスに対する姿勢や熱意だけでなく、利益を考えることより先に、アトレーユを訪れる人たちを応援しているところが印象的でした。
筆者のプロフィール
ケニー・ファム | 富田さんとあゆみさんへのインタビューは非常に印象に残ったと思います。正直に言うと、記事を書くと、インタビューの良さを伝えられないと心配しています。私たちの目的は、富田さんとあゆみさんの視点から「働く」とは何なのかを知りたいということでした。ビジネスを営むのは難しいので、その決断のきっかけも知りたかったのです。 富田とあゆみさんの場合、「仕事」とは、ビジネスを成功させるだけでなく、人々に一身を捧げることでもあります。心をつかれている子供たちへの富田さんの責任感は、本当に素晴らしいものでした。また、富田さんとあゆみさんが慎重に作成された質問に答えると、焦点は間違いなく人であることです。究極的に、生で困ったことを経験する時に、人と人のつながりはやはり必要であることです。これは、ビジネスを営むだけでなく、人生でも似ていると気づきました。 |
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張(ちょう)ドウ | インタビューで一番印象に残っているのは、あゆみさんの「人と人とのつながりは一番重要かな」ということです。働く対象はいつでも人だと思います。 コロナウイルスの影響が続いているなかで、アトレーユの取り組みには意味があると思います。地元の人に来てもらえる新しいカフェを作りました。そして、SNSを通したマーケティングも始めました。状況によって、ストラテジーを変えるという、この取り組みは価値があると思います。 また、長期的に少子化の問題が若い世代のストレスや、労働力不足、国内市場の縮小などにつながることになります。この問題は他の国もあると思います。この問題は、アトレーユだけでは変えることのできないものですが、冨田さんとあゆみさんが言うように「待ってるだけじゃなくて何か新しいことをやっていく」ことは日本にとっても世界にとっても大切だと思います。 |
衣織 | 今回のインタビューで学んだことは「何をするかではなく、どんな理想を実現したいか」を考えることの大切さです。私はこれまで、将来どんな仕事をしたいのかという具体的なアイデアが思い浮かばず、悩んでいました。しかしインタビューで恵さんが「心の疲れた子どもたちが社会とふれ合える場所を作りたい」という理想を叶えるためにアトレーユを始めたというお話を聞いて、まずは何を実現するために働くかを考えることが重要だと気付いたのです。 いまの私の理想は世の中にちょっとでも多くワクワクを感じられる瞬間を作ること。そのためにどんな仕事をするのかはまだ模索中ですが、進んでいった先にあるものを楽しみに、新しいことに挑戦し続けたいと思います! |
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